産まれた日の事

まだ正月気分も抜けない1月頭の静かな日の夕方、私は荷物をまとめて覚悟を決めて計画入院した。

当日は若干の処置をして就寝し、翌朝に陣痛促進剤で陣痛を起こし出産に持ち込むはずだった。

だが入院初日の夜、暗い病室の中、鈍痛が来始めた。
携帯片手に痛みの間隔を新規メールにひたすらメモった。
まだまだ耐えられる程度の鈍痛が腹部に10分間隔。これが続く事、約2時間。

初めてのナースコール。

腹部の鈍痛と間隔を伝えると、すぐに LDR に連れて行かれた。

翌朝来てもらう予定だった旦那にもすぐに連絡。
深夜にタクシーで来てもらうことになった。

空が白んでも、陣痛の波はいつまで経ってもピークにならない。

おなかに付けられた装置から流れる「ドッドッドッ」と絶え間なく流れる娘の心音。
増幅された機械的なノイズまじりの音は、娘が元気に心臓を動かしている事を喜ぶというよりも、私を急き立てる恐怖の音に感じた。
装置が吐き出す陣痛の張りを表す数値とそれを描くグラフは、昼を過ぎても間隔は縮まらず、赤ちゃんは降りてこない。
10分ごとに続く痛みに体力を消耗。定期的に持ってくる食事は、まったくのどを通らない。

私より後に向いにあるもう一つの LDR に入ったお母さんはさっき産まれたみたい。産声が聞こえた。
トイレ行く途中、病室の前を通ると、どこからともなく赤ちゃんの泣き声。

私はというと、人工的に破水を起こしても、赤ちゃんは出産出来るところまで降りてこなかった。

18時ごろの診察でその日の出産をあきらめ、一旦陣痛促進剤の点滴注入を止められることになった。
情けなくて泣く。ここまで来て子供を産むことが出来ないなんて女失格かと思い落ち込む。
(※ホルモンバランスが崩れまくって精神不安定になっていただけで、今思えば全くの杞憂。。)

さらにその晩。促進剤を止めたはずなのに、また自然に陣痛が来る。
再び深夜、 LDR に収容される。翌朝。陣痛促進剤の注入再開。
体力消耗とヘタレにつき、痛み止めを入れてもらいながら、長い陣痛にひたすら耐える。
昼を過ぎた頃、本格的に痛くなってくる。
付き添ってくれる旦那や母や叔母への要求に、「お願い」の一言も付け加えられない。
「水」「起こして」「痛い」
こんな感じ。

段々、何かでっかいものが下の方に向けてぐーっと押してくる間隔を感じる。
我慢の限界を超えた痛みが5分から3分ごとにぐーっと迫ってくる。
さっきまで、「早く赤ちゃんに会いたい」気持ちだったのが、「なんでもいいから、早く出して!!」に変わる。

16時半の診察で、ぎりぎり分娩に持ち込めるところまで赤ちゃんが降りてくることを確認。
助産師さんたちがばたばたと手術着に着替えて機材を持ち込み始め、一気に緊張感が高まる。
17時、医師が入ってきて、総員戦闘態勢に配置される。

分娩開始。
助産師さんが、私の頭側からおなかを押しつぶすくらいの勢いで押す。
医師が、下から機械を使って赤ちゃんを引っ張る。
私、とにかくがんばる。体なんかちぎれてもいいと思った。

「おめでとう」

赤い小さい生き物が医師の手に持ち上げられている。聞いた事も無い、かわいい産声が聞こえた。
赤ちゃんって本当に「おぎゃー」って言うんだ、と斜め上の方向で感動。
時計を見ると、17時15分。なんと言う早業!先生すごすぎ。

すこし血を拭っただけの赤ちゃんが、私のおなかの上に乗っけられる。
あったかい。生きてる。よかった。

こうして、お母ちゃんと娘ちゃんがいっちょあがりました。
東京も雪が降るかもと言われた寒い寒い冬のお話でした。

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