匿名での呪詛は易し、でもdisった因果はどこにいくの?

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ネットのおかげで、匿名の安全地帯から呪詛を吐くのが簡単な世の中になりましたね。全国何百万のねらー、ついったらー、増田、コマッチャー、捨て垢のみなさまこんばんは。嫌いな言葉はスピリチュアル、@kaoritterです。

昨日、こんなツイートを思わずRTしました。

相手が喜ぶ素敵な言葉はその人を、そして巡り巡ってその人の周りにいる自分も含めて幸せになりますね。

例えば、「痩せたね!」と近くのひとに言われたら、幸せのあまり、ご飯三杯食べられますよね。

そして、ツイート後半に書いてあるとおり相手が喜ばない言葉、相手の気力をじわじわと奪う言葉は、現代の呪いだそうです。納得です。

例えば誰かの安易な発言に、拙速で穴だらけのサービスに、目立つ若者に、「クズ」とか「下衆」とか「あいつはダメだ」とか嘲笑したり揶揄したりしてメシウマするのは、呪いの一種といえますね。

さて、呪いといえば必ずつきまとうアレがありますよね。身の毛もよだつ呪いの言葉を口にしたものに待ち受ける因果、その報いです。人を呪わば穴二つと言うように、吐いた呪詛は本人に帰ってくるのでしょうか?

  • 捨て垢だから
  • 匿名だから
  • 自分なんて無名だから

とかそんな理由で自分と発言とか繋がるわけないと心底信じてますか?誰かの友達のスーパーハカーがやってきて、あなたの罵詈雑言を白日の下に晒し、友達に職場にオカンにまるっとバレたらどうするのでしょうか?ネットに書いた言葉は消せませんよ。

発言が特定される以外にも、報いがあるはずです。

ひとつは、目立つやつの足を引っ張っても自分はなんにも変わらないってこと。捨て垢で凸ってdisってメシウマなのはせいぜい数食でしょう。飯がうまくても自分はその位置から1bitも動いていないし、それでいいならそれでいいですが。出る杭を打つのがお好きならどうぞ。

もうひとつは、発言することのリスクが増えすぎる世の中になることです。発言するハードルは下がり、叩かれるリスクはやたらに増えていく。そうするとどうなるか。disラーの大好きなリアルメシウマ案件が減り、釣りだらけのインターネットになります。まんまとマジレスして釣られて、裏を取れない情弱と嗤われるわけです。disりが過ぎるとその足元もすくわれますよね。そんなインターネット、楽しいですか?

発信することがさらにさらに簡単になっていく世界で、発信することのリスクばかり増えていくインターネットになりませんように。

ついでに。

建設的な批評とdisの違いが受取り手にあるっていうのも、また色々難儀な問題をはらんでいるね。

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